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デジタル円が日本経済をどう変えるのか?|専修大学 小川健教授が語る最新知識と未来予測

キャッシュレス時代の次なる一手に?デジタル円の可能性

現金を使う機会が減り、キャッシュレス化が進む現代。そんな中、次世代の通貨として注目を集めているのが「デジタル円」です。日本政府と日本銀行がその導入に向けた議論を本格化させる中、デジタル円が私たちの生活や経済にどのような影響を与えるのか、疑問や期待が広がっています。

しかし、「デジタル円ってそもそも何?」という声も多いのではないでしょうか。現金や既存のキャッシュレス決済とどう違うのか? その仕組みや利便性、課題は? これからの経済や社会においてどのような役割を果たすのか?

本記事では、国際経済を専門とする専修大学のOGAWA先生に、デジタル円の基礎知識から課題、そして将来の可能性まで幅広くお話を伺いました。OGAWA先生は「デジタル円は単なる決済手段ではなく、近未来で考えられる災害対応や経済政策の強化など、日本の社会全体を支える重要なインフラとなる可能性があります」と語ります。
デジタル円の正体を理解し、その影響を考えることで、私たちの生活や経済の新たな一歩を見つける手助けになるはずです。ぜひ、この記事を通じて未来のお金の形を一緒に考えてみましょう。
なおこの記事内容の一部は紀要原稿として無査読の投稿準備をしていることをお断りしておきます。

この記事でわかること


・デジタル円の基本的な仕組みとその特徴
・日本や世界におけるデジタル通貨の動向
・デジタル円がもたらす未来の可能性と課題


この記事の取材協力者

小川 健

専修大学・経済学部・専任教員

小川 健

OGAWA, Takeshi

1982(昭和57)年12月愛知県名古屋市(守山区)生まれ,理学部(旧数学系)を経て2011(平成23)年3月博士(経済学,名古屋大学)。広島の中堅私大で経済数学の教員を3年程勤めた後,2015(平成27)年4月に現在の専修大学・経済学部に国際経済の教員として赴任。2023(令和5)年4月より,教授。本来の専門は貿易論の理論研究で水産物貿易などが専門だが,学部生の国際金融の知識を活用して「外貨として暗号資産を捉える」ことを国際経済の科目に取り入れる。

なぜ今「デジタル円」に注目が集まるのか?

ーOGAWA先生、デジタル円が注目されている背景には、どのような要因があるのですか?

キャッシュレス化が進む現代において、現金を使う機会が減少していることが一因です。また、新型コロナウイルス感染症の流行で非接触決済が広がり、デジタル通貨の導入が注目されるようになりました。現金を直接受け渡しする場面を避けるため、多くの人々が電子決済を利用するようになったのです。

さらに、国際的な動向も無視できません。中国大陸が「デジタル人民元」の開発を進め、カンボジアでは「バコン」が既に浸透し、欧州やカリブ海等でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)の議論が進んでいます。こうした動きが、日本においてもデジタル円の必要性を感じさせるきっかけになっています。これらの背景が相まって、日本国内でもデジタル円への関心が高まっているのです。

ーそもそも、デジタル円とはどのようなものなのでしょうか?

デジタル円とは、日本の中央銀行である日本銀行が発行するデジタル通貨のことです。現金(紙幣など)と同じように、日本政府の信用を背景にした法定通貨となりえますが、形態がデジタルである点が異なります。

例えば、現金の場合、財布から取り出して直接相手に渡すことで取引が成立します。しかし、デジタル円はスマートフォンや専用のウォレットを介して電子的に送金されます。こうした仕組みにより、物理的な距離や時間を超えた取引が可能になります。

また、現在私たちが使っているクレジットカードや電子マネーは、民間企業が発行しています。一方、デジタル円は国家や日本銀行という中央銀行が発行し、管理するという点で異なります。この仕組みにより、利用者が金融システムに対する安心感を得られるだけでなく、政府や中央銀行が経済政策をより効率的に実行できる可能性も秘めています。

デジタル円は何が違う?現金やキャッシュレスとの違いを徹底比較

ー現金やキャッシュレス決済と比べて、デジタル円にはどのような特徴があるのですか?

デジタル円の最大の特徴は、中央銀行が市中銀行などを介して発行し、流通を管理する点です。現金のように「国家の信用」に基づいているため、法的には現金紙幣と同様に信頼性が高い一方、電子的に管理されるため利便性も兼ね備えています。

具体的には、デジタル円は現金のように物理的に受け渡すことはありませんが、スマートフォンや専用のデジタルウォレットを使って瞬時に送金ができます。また、銀行口座を持たない人でもデジタル円を利用できる仕組みが検討されています。これにより、誰もが公平に利用できる通貨としての役割を果たすことが期待されています。

ーその利便性はどのように私たちの生活に影響を与えるのでしょう。

例えば、災害時に現金を配るのが難しい場合、政府はデジタル円を個人のデジタルウォレットに直接送金することで迅速な支援が可能になります。また、通常の銀行振込やキャッシュレス決済と異なり、デジタル円は送金手数料が非常に低いため、中小企業や個人事業主にとってもメリットが大きいです。

従来であれば「災害時に備えて現金を持っておけ」と説明してきたかと思います。しかし、キャッシュレス社会に出てこなくなった概念の1つにお釣りがあり、お釣りが足りないからお水1本買うにも1万円札を置いていく状況にもなりかねません。中央コンピューターを介さない共通なデジタル支払い方法が必要な理由です。

さらに、デジタル円の導入により、地方経済の活性化も期待されています。たとえば、地方自治体が観光促進策としてデジタル円を地域住民や観光客に配付すれば、地域経済の循環が加速するでしょう。特に外国人観光客にとって、現金を両替する手間が省けるため、利便性が向上します。

世界のデジタル通貨の現状は?日本の立ち位置は?

ー日本以外の国では、デジタル通貨の導入はどのように進んでいるのですか。

中国大陸はデジタル通貨の先駆者と言えます。同国では「デジタル人民元」の試験運用が進められており、一部の都市ではすでに実証実験が始まっています。たとえば、北京市では抽選で市民にデジタル人民元を配付し、地元店舗での使用を促進しています。この結果、現金流通量の削減や取引効率の向上が報告されています。中国大陸ではAlipayやWechatPayの影響でスマホのコード決済に慣れていることもありデジタル人民元の正式発行も近いと言えるでしょう。

欧州では「デジタルユーロ」の議論が進んでいます。特に、プライバシー保護を重視した設計が注目されています。利用者がどの程度匿名性を保持できるのか、また、どのように安全性を確保するのかが大きな課題となっています。欧州中央銀行(ECB)に加えて世界最古の中央銀行を持つスウェーデンのリスクバンク、国際金融の礎を築いたイングランド銀行など連携した研究の話も出ていて、他にはスイス、そしてカナダや日本なども絡んでいます。

一方、アメリカでは、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の議論は比較的遅れています。その理由の一つは、クレジットカード等の普及がありますが、米ドルは世界で使えることにこそ意味があると捉えられている一方で、CBDCのデジタル・ドルの場合は犯罪利用を法的に制限できるようにアメリカの法律が適用できる範囲に限る必要性もある以上、CBDCの必要性がそれほど急務ではないと考えられています。

返り咲いたトランプ大統領がCBDCを嫌っている面もあり、デジタル・ドルの発行は先になりそうです。

ー他国の事例を見ると、日本の慎重な対応にも理由がありそうですね。

その通りです。日本ではATMがコンビニなどにも広く普及している面もあり現金利用が根強く残っています。特に高齢者を中心に、現金に対する信頼が非常に強いです。そのため、急激にデジタル通貨へ移行すると、混乱を招く可能性があります。また、技術インフラの整備も課題の一つです。全国的に均一なサービスを提供するためには、時間をかけて準備を進める必要があります。

保険証をマイナンバーカードに統合する時も強い反発があったために、運転免許証をマイナンバーカードに組み込む時に選択制にした国です。デジタル通貨は強制する訳にもいきません。日本は2019(令和元)年末のキャッシュレス推進政策でも現金専用のお店が根強く残った国です。旧札が新札に変わっていくように徐々に変わる点を導くためにも、デジタル円に対応すべきと感じられる在り方こそ求められます。

デジタル円で私たちの生活はどう変わる?未来の社会をイメージする

ーデジタル円が私たちの生活に具体的にどのような影響を与えるのでしょうか?

デジタル円が普及すると、日常生活の多くの場面で利便性が向上します。例えば、親が子どもにお小遣いを送る際、デジタル円ならスマートフォンを使って瞬時に送金できます。こういうことはPayPay等で既にできるという議論もあるでしょうが、PayPay等では使える場所がまだ大きく限られることと照らし合わせておきましょう。

地方経済にも大きな影響を与えるでしょう。観光地では外国人旅行者が現金を持たずに訪れても、デジタル円を簡単に利用できるようになります。これは、地域活性化の一助となるだけでなく、地元の事業者にも新たなビジネスチャンスをもたらします。

さらに、設計次第ですが政府が補助金や給付金をデジタル円で配付する場合、受け取った人々がそのお金をどう使ったのかを追跡することが可能になります。これにより、政策の効果を正確に測定し、より効率的な予算配分が可能になります。

とはいえこうした在り方にはプライバシーの保護が無くなるという懸念が出ることがあるのですが、(逮捕や家宅捜索と同様に)裁判所の許可が無いと履歴の開示が出来ない設定にすることもできます。犯罪組織からするとデジタル円は現金とは違い追跡される心配があるので使いにくいものでしょうが、一般の人はそんな心配も避けられます。どういう設計にするかはその国の考え方にもよります。

課題と展望:デジタル円が切り開く未来の可能性とは?

ー OGAWA先生、デジタル円の導入には多くの可能性が語られていますが、一方で課題も指摘されています。その点について教えていただけますか?

そうですね。デジタル円の導入には期待が寄せられる一方で、克服しなければならない課題も多くあります。その主なポイントは、技術的な課題、プライバシーの保護、そして社会的な受け入れの3点です。

まず、技術的な課題ですが、デジタル円の運用を支えるインフラが全国的に整備されている必要があります。特に、地方では通信環境が都市部ほど整っていないケースがあり、こうしたインフラの差を解消する取り組みが不可欠です。また、サイバー攻撃などのセキュリティリスクも無視できません。デジタル円が発行されると、それを狙ったハッキングや不正取引のリスクが高まるため、万全なセキュリティ対策が求められます。とはいえ、現金と違いデジタル円では履歴が残せるので、不正取引の被害と分かれば(クレカの不正利用のように)法的に取り消す手段も作れるでしょう。

次にプライバシーの問題です。デジタル円の取引はすべて電子的に記録されるため、利用者の取引情報がどのように扱われるかが大きな懸念材料です。「誰がどれだけのデジタル円を使ったか」というデータが不適切に利用されるリスクを防ぐため、利用者のプライバシーを保護する仕組みが必要です。欧州の「デジタルユーロ」では、この点が非常に重視されており、匿名性をどの程度保証するかが重要な議論となっています。日本でも同様の議論が必要でしょう。

先の議論を援用すると、(逮捕や家宅捜索と同水準の)裁判所の許可がないと履歴開示できない形にすれば、逮捕や家宅捜索を心配するような犯罪者・犯罪組織を除けば安心できます。

そして、社会的な受け入れについてですが、日本では現金への信頼が根強く残っています。特に高齢者や中小企業を中心に、デジタル通貨に対する理解や使い方の不安が多く聞かれます。このような状況を踏まえ、誰もが使いやすい形での導入を目指すとともに、デジタル円の利点を丁寧に説明することが重要です。銀行ATMや銀行支店等が減り、お金を下ろせるATMがコンビニ位に限られる時代も近い中では消費者側だけでなく「お店側」にも利点を理解してもらう点は大切です。現金決済は数える手間もありますし、民間の決済方法は手数料がかかります。それらと比べる必要があるでしょう。

ー これらの課題を解決するためには、どのような取り組みが必要だとお考えですか?

まず、政府と民間が連携して、技術的なインフラ整備やセキュリティ対策に取り組むことが必要です。例えば、地方での通信環境を改善するためのインフラ投資や、デジタル円に特化したセキュリティ技術の開発が考えられます。地方でのインフラ投資にはデジタル円のお店側等での導入のためのインフラ投資も欠かせませんが、デジタル円支払いの受け取りだけなら実は本質的にはQRコード1枚作って印刷して貼る位でも導入は出来る点も押さえる必要があります。

また、教育も重要です。特に高齢者や中小企業のオーナーを対象に、デジタル円の仕組みや使い方をわかりやすく伝える啓発活動が求められます。これには、オンラインだけでなく、地域コミュニティを活用した説明会やワークショップが効果的でしょう。

さらに、導入段階での実験的な取り組みも有益です。例えば、特定の地域や業界でデジタル円を試験運用し、得られたデータを基に改善を図るといったアプローチが考えられます。中国大陸のデジタル人民元の実験的導入のように、現場での実証が普及の鍵になると考えています。

日本では特に、単に支払いが1つ増えただけ、と思われないようにすることも大事です。

ー将来、デジタル円が日本社会にどのような変化をもたらすと予想されますか?

デジタル円が普及すれば、私たちの生活や経済に大きな変化をもたらすことは間違いありません。例えば、政府が補助金や給付金を迅速かつ効率的に配付できるようになるため、政策のスピードが飛躍的に向上するでしょう。また、設計次第では取引データを活用して、より効果的な経済政策を設計することも可能になります。

さらに、デジタル円が普及することで、利便性を基にした競争力も高まります。特に、外国人観光客が増加する中で、現金を持たずに訪れる観光客にとってデジタル円は非常に魅力的な決済手段となるでしょう。こうしたことは旧来、クレジットカードが担ってきた部分があります。日本はクレカ手数料が高いことで知られていて、それ故にクレカを断ってきたお店からしても、デジタル円は銀行預金に近い立ち位置であり、手数料を国に委託できるのでお店で手数料を負担する必要はありません。現金を持たない方をお客に加えやすくなります。

ただし、この未来を実現するには、政府や金融機関だけでなく、私たち一人ひとりが新しい技術や仕組みに順応することが必要です。デジタル円は私たちに新しい可能性を提供してくれる一方で、それを正しく使いこなすための知識や意識の改革が求められます。

まとめ:デジタル円の可能性を未来に活かすために

デジタル円は、単なる「お金のデジタル化」にとどまらず、私たちの経済や社会の仕組みそのものを変えるポテンシャルを持っています。その導入と普及は、日本がデジタル社会に適応するための重要なステップとなるでしょう。

しかし、その実現には、課題を一つひとつ丁寧に解決していく努力が不可欠です。この記事を通じて、デジタル円がどのような可能性を秘めているのか、また、それにどう向き合うべきかを考える一助となれば幸いです。

この記事の取材協力者

小川 健

専修大学・経済学部・専任教員

小川 健

OGAWA, Takeshi

1982(昭和57)年12月愛知県名古屋市(守山区)生まれ,理学部(旧数学系)を経て2011(平成23)年3月博士(経済学,名古屋大学)。広島の中堅私大で経済数学の教員を3年程勤めた後,2015(平成27)年4月に現在の専修大学・経済学部に国際経済の教員として赴任。2023(令和5)年4月より,教授。本来の専門は貿易論の理論研究で水産物貿易などが専門だが,学部生の国際金融の知識を活用して「外貨として暗号資産を捉える」ことを国際経済の科目に取り入れる。

経歴

2011年博士(経済学,名古屋大学)

2015年現在の専修大学・経済学部に国際経済の教員として赴任

2023年専修大学・経済学部の教授に

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