「百貨店ゼロ」はいまや4県に。さらに増える恐れが
―中村先生はテレビ番組(日本テレビ系『世界で一番受けたい授業』)で工場見学のコーナーをご担当されるなど、中小企業の研究者として活躍される一方で、地域興し、まち興しに数多くかかわるなど、地域経済の研究者としての一面ももっておられます。
そんな中村先生の目から、大都市圏ではない「地方の経済」はいまどのように見えているのでしょう。
大変厳しいですね。私はかつて大阪府の研究所の研究員だったことがあって、いろいろな委員会や研究会にも参加し、地域について学ぶ機会を得ていました。30年近く前のことですが、そのころと比べると、厳しさが増しているという印象ですね。誤解を恐れずに言えば、「衰退に向かっている」といったほうが正しいのかもしれない。
仕事の関係で地方に行くことが多く、行けば必ず商店街や百貨店を訪ねるようにしています。みなさんご存じのように、各地で百貨店の閉店が相次いでいますよね。最近(2024年7月)も、岐阜にあった高島屋が閉店し、百貨店のない「百貨店ゼロ県」は4つ(島根、山形、徳島、岐阜)になってしまいました。百貨店が1つしかない県も15にのぼるので、これから「ゼロ県」はますます増えていくでしょう。
―商店街はどうでしょう。大都市圏でも、「シャッター通り」といわれる状態の商店街は珍しくありません。
地方に行けばもっとひどいですよ。営業している店舗はごくわずかというところも珍しくありませんから。その一方で、大きなショッピングセンターやショッピングモールが続々、ロードサイドなどに誕生し、「それらがあればいいじゃないか」と考える人もいます。しかし、地域にお金が落ちないし、個人商店の存続や起業が困難になります。また、万が一、ショッピングセンターやショッピングモールが撤退したらどうなるのか? 「撤退なんてないでしょう」というのは幻想で、一部では兆しが見えています。もしそうなったら……。途端に、その地域の人たちは「買い物難民」になってしまいます。
1980年代後半にアメリカ政府からの強い要請で規制を緩和し、大規模小売店が郊外に進出できるようになりました。しかし、いまは状況が違う。地方においては、これ以上、郊外型の大型小売店が出店しないよう規制し、中心市街地の活性化に取り組む必要があります。小泉政権以降、「規制=悪、規制緩和=善」というイメージが染みついていますが、規制は「お薬」であり、問題(症状)に応じて使用する必要があるんです。そうしなければ、本当に手遅れになってしまいますから。
人口減に産業構造の変化。ますます地域経済は苦しく
―それにしても、どうしてそんな地域経済は悪くなったのでしょう。
最大の要因は人口の減少ですね。人口が少なくなってパイそのものが縮小したわけです。また、産業構造の変化も大きい。全国各地に企業城下町と呼ばれる都市がありましたが、造船のように産業そのものが衰退したり、自動車や家電のように海外に工場を移したりといった大きな変化にさらされている。それとは逆に、半導体関連の熊本のように時代の流れ乗ってよくなっているところもありますが、多くの地域では変化に適応できず、苦しんでいます。
ひとつ数字を挙げておきましょう。日本人(インバウンドは含めない)の旅行に関するある調査によると、2017年の規模を100として、2030年は楽観的に見た場合で「89」、悲観的に見た場合だと「80」。つまり最悪2割減少するとされています。宿泊についてみるとさらに深刻で最悪の場合「75」に。4分の1もなくなるわけです。この数字にはインバウンドが考慮されていないので、実際には4分の1の減少にはならないものの、かなりの数の宿泊施設が必要でなくなるのは確実です。さらに、ホテルや土産物店などに商品などを納めている周辺産業にも広く影響は及んでいきます。
―つまり、これからますます地域経済は苦しくなる、と。
そう見て間違いないでしょうね。冒頭で「衰退」という言葉を使ったのはそのためで、苦境を脱する方策を見つけるのは簡単ではありません。
「強みがない」のに人口が増えている静岡県三島市
―そんな「苦境にある地域を支える仕事」を中村先生はされているわけですが、これまでにどんな地域とかかわりをもってこられたのですか。
大阪府の研究員から始まり、大学に籍に移してからは、北は山形、南は熊本・鹿児島までですね。お手伝いするのも、県・市町村だけでなく、商工会・商工会議所、中小企業の団体、民間の有志の会などさまざま。いろいろなところでアドバイスをさせてもらっています。
―厳しい状態のなかでも先生から見て「成功例」といえるものはないのでしょうか。あれば教えてください。
まだ「成功した」とまでは言い切れませんが、住民や行政、企業などによってユニークな取り組みが全国で見られます。たとえば、私が面白いと思ったのは静岡県の三島市です。新幹線が停車する町ですが、全国から人を呼べるような有名な観光名所はなく、産業も大企業の工場はいくつかあるものの、「何々で有名」あるいは「何々の企業城下町」ということもない。普通だと人口減少に悩むところなのでしょうが、逆に人口が増えているんです。
―どうしてですか?
地元のレストランチェーンや不動産会社などで成功したベテランの経営者たち(会長クラス)が、三島全体の発展と後進のためにとまち興しに動き出したんです。幅広い世代間の連携が特徴といえます。たとえば、具体的には空き店舗を不動産会社などが買って、それをシェアオフィスや店舗スペースに改装し、若い人たちに安い賃料で貸すようにした。そうやって町の魅力を高めていきました。一方で、いまは在宅勤務がメインで出社するのは週に1日だけでいい、なんて会社が増えているでしょ。そういった働き方をする会社員にはもってこいなんですね。こうした民間の動きと並行して、行政も子育て支援などに力を入れるようになりました。実際、行ってみると若い人がいっぱいいる。町に活気があるのがわかります。三島の場合は地の利もあるけど、それだけではここまでうまくいきはしなかったでしょうね。
その地では当たり前のものが「ダイヤの原石」になる可能性も
三島市のようなユニークな取り組み事例はいくつもあるのですが、それらには共通するポイントがあります。1つめは、柔軟性です。三島の場合でも、「誰かが儲ける」ではなく「町全体で儲ける」に考えを変えたから、うまくいったのでしょう。「安い賃料で若い人を呼び込む」という発想も、変化を嫌っていては生まれません。2つめはネットワークです。多種多様な人たちが集まることで、いままで気づかなかった世界も見えてくるんです。
―そうは言っても、「自分の地域には売りがない。どうすればいいんだ…」というケースも多いんじゃないですか。
そういう声はよく聞きますね。でも、それに対して「本当にないですか?」って私は言うんです。日本は優に1000年を超える歴史があります。掘ったら何か出てくるでしょう(笑)。まあ、それは冗談として、実は毎日見ているから気づかないだけであって、「おっ、これは」というものはどの地域にもあるものです。たとえば、干し柿なんて世界に売り込める商品なんですよ。
―自宅の軒先につるしてつくる、あの干し柿がですか?
ええ、あの干し柿です。東南アジアの人はドライフルーツが大好きなんですが、現地で売られているものは、人工甘味料で甘さを出すなど品質があまりよくありません。その点、日本の干し柿はとてもあまいし、人工甘味料なども使っていない。特別、高級なものでもありません。だから、外国にもっていけばけっこういい値段で売れる。日本人には当たり前のことが、インバウンドの人たちから見たら「すごい!」ということは、意外と多くあるんです。
―ダイヤの原石に化ける可能性もあるわけですか。
そう。そのためにも、外から人を呼んで、いろいろ見てもらうといいでしょうね。そして意見を聞き、柔軟に取り入れる。さらに、新たにネットワークを構築し、いままでとは違った販路なども開拓していけば、活路は見いだせると思います。
―そのようにして成功した地域がどんどん増えて、日本全国に活気づいた町が生まれてくればいいですね。一方で、私たち消費者はどんなスタンスで臨めばいいのでしょう
無理をしない範囲で地域のものを買う――そんなスタンスでいいと思いますよ。気に入ったものがあれば継続して購入するといい。そんな単純なことで十分、地域の支援になるんです。毎日、口にしている、当たり前のものでも、ほかの地域の人たちからすると珍しいものがある。その土地の食べ物などを、自分のSNSで紹介するなんていうことをしてもいいでしょう。ちょっとした応援策になりますから。
どの地域の人たちも何とかわが町を盛り上げたいと頑張っています。ぜひ、温かく見守ってあげたら、と思います。